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単身赴任初日、スーツごとドブに

単身赴任初日、私はドブに落ちた。ワンルームマンションを会社に借りてもらって初めての帰り道。ドブに落ちた。自転車ごとドブに落ちた。まさか道路の横にこれほど大きいドブがあるとは都会人には計り知れない。

頭からどっぷりと落ちた。真っ暗な田舎道、何が起こったかわからない私はひとり、ドブの中に突っ立っていた。

スーツが泥だらけ。ウォッシャブルスーツを洗濯機へ

自転車のカゴに積んでいた単身赴任初日用のひとりごちそうが、ぷかぷかと浮いていた。だいたい状況がつかめた私はまず自転車を道にあげた。そして底深く沈んだ缶ビールをまさぐって拾った。これは洗えば飲めるだろう。

自転車のランプは割れていた。少し曲がった車体からぎいぎいと音がする。カゴに缶ビール4個を積んでワンルームマンションまで押して帰った。単身赴任と引き換えに課長になった42歳の私の初日だった。

マンションに入って電気をつけた。鏡を見る。案外顔は汚れていない、が、スーツがコケと泥だらけだ。もちろんびしゃびしゃだ。まさかこんな事になるとは思わないので単身赴任初日から替えのスーツなど持っていない。

そうだ、このスーツ、ウォッシャブルスーツだ。真夏だし洗って乾かせば明日までに何とかなるだろう。それにしても体中がドブ臭い。えーい、家では絶対できない事をしてやろう。私はそう思いつきバスルームに入り、スーツごとシャワーを浴びた。次から次へとバスタブに泥とコケが流れて行く。

夜中にひとり、スーツのままでシャワーを浴びるサラリーマン。何だか映画の主人公みたいじゃないか。そんな事ないか……。
ひとしきりスーツの汚れを落とし、今度はバスタブにお湯をためびしゃびしゃのスーツのままつかった。世の中にこんな事をしている人間はまずいないだろうとちょっと上機嫌になった。

そしてすべての汚れを流し終え、びしょびしょのスーツを脱いで普段着に着替え、初の洗濯。まさか、この洗濯機も初めの仕事がスーツだとは思ってもいなかっただろう。

あらかじめ買っていた洗濯洗剤をがばっと入れ、続いてスーツ。頼むぞ、きれいになってくれ。そして明日までには乾いてくれ。そう願って放り込んだ。

スーツを干し、また着れると思いきや…

疲れ果ててしまってひとりごちそうは明日に延期だ。とりあえずドブだらけの缶ビールを洗って飲んだ。開けた途端、ぶしゅっと音がして泡が出た。もちろんぬるかった。まあいい、初日が最悪だと言う事はこれから先、これ以上の不幸はないはず。そう思おう。

すきっ腹でかつ一気にぬるい缶ビールを4個一度に飲んだせいで無性に眠くなってきた。いやいやいかんいかん、スーツを干してから寝むらないと。ベランダに出て、何度も何度もスーツをはたいて物干しに丁寧に掛ける。頼むぞ、明日は乾いていてくれよ。星がきれいだった。

そして、翌朝。そうそうスーツ、乾いてるかな。とベッドを出ようとすると強烈な痛み。ちょうど肋骨あたり。そうだ、昨日も痛かったが気が動転していたのかこれほどの痛みだとは気が付かなかった。動けない、痛くて動けない。どうやら骨折だ。

どうする。どうしよう。しょうがない、ベッドの横に置いていた携帯電話で昨日聞いていた部下の太田君の家に電話を掛けた。

「太田君、すまん、ちょっと来てくれんか」

「どうしました」

「どうやら骨が折れてるみたいだ」。

太田君が慌てて来てくれた。

「課長、どうされたんですか」

「まあ、詳しい事は後で話すけれど、簡単に言うとドブに落ちた」

「がははっ初日にドブ」

「笑い事じゃないんだよ。かなり痛い。この近くに医者はあるか」

「ありますけど田舎ですから車で行きますか」

「ああ、乗せるてってくれるか」

「いいですよ」

「その前にベランダ」

「ベランダ?」

「ああ、スーツだ。乾いてるか?」

「ああ、これですか、このくしゃくしゃの雑巾みたいなやつ」

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